二〇二六年四月二四日三〇日

四月二四日(金)

午前十時半起床。昨夜は結局朝方まで『げんしけん』を読み返していた。

仕事は、作った資料をぼこぼこにされた以外は平坦な一日。寝不足のわりに昼は眠らなかったのだが、仕事をしていたらご飯を食べに行く時機を逸してしまった。

夜は六甲道のドトールへ。雨が降り出しそうだったので、仕方なくバスで行く。ドトールの前に、図書館で本を返し、いくつかの本を借り𠮷野家のねぎラー油牛丼(並盛)で腹拵えを済ませる。

ドトールで煙草を吸いながら、借りてきた『西村賢太対話集』(新潮社)を読了する。読了すると同時にアイスハニーカフェオレを飲み終わるが、もう少し本を読むなりしたく、給料日だからとタピオカ黒糖ミルクも頼んでしまう。甘い飲み物が基本的に好きだ。

『西村賢太対話集』では、芥川賞を同時受賞して対談と相成った朝吹真理子が「書くことは混じりっ気なしの水商売です」(一六二頁)と言っていたのが良かった。彼女の作品を読んだことはない。もう一冊、中島らものエッセイはそんなにだった。最近日記や対談やエッセイばかり読んでいる。もう少し骨のある本を読むべきなのかもしれない。しかし今はその気力がない。

店を出る。バスは四月から減便されたらしくちょうどよく来ない。電車で帰る。通りがかりの酒場の前に置かれた黒板に、「大義のために犠牲となれ」とあり、何を思ってそんなことを書いたのかわからず怖かった。犠牲となるのは甘受するとしても、大義のためなどと美化されるのはごめんだ。犠牲は犠牲でしかない。

今日、ドトールで流れていてよかった曲——Stephen Steinbrink “Impress My Memory (Alternate Mix)”。Apple Musicにはあるようだが、Spotifyではなぜか配信されておらず、iTunes Storeで二百円払って購入する。

それをループで流しながら、ためっぱなしの段ボールをまとめる。ごみ置き場を見て明日が段ボールの回収日であることに心づき、かつ幸運なことに、段ボールを捨てようという気持ちになったため。コジットの段ボールストッカーを購入して以来、段ボールをまとめる手間はいくらか軽減されたが、それでもかなりの意志を必要とする行為であることには変わりない。

なぜ人工知能がコーディングや文章の執筆やデザインをしている間に、皿を洗いごみを出し洗濯物を取り込んでいるのかを思うと、真剣に怒りを覚えることができる。怒りと空腹を覚えたため、セブン-イレブンで冷凍の油そばを購入し食べた。

床に就いて、会田誠『美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか』(幻冬舎文庫)を読み返す。会田誠は文章が上手。

四月二五日(土)

午後二時頃まで、半日ほど寝る。寝すぎる。

俳優の森山未來がいまは神戸を拠点にしていて、当地の舞台芸術などのイベントをまとめるPEAKというウェブサイトをやっている。その一周年を記念して森山未來と平民金子と、あともうひとり三宗さんという方が鼎談するというので、元町まで向かう。会場で二千円とドリンクチケットを払う。

平民金子は結構繊細な文章を書く人と思うのだが、イベントでは、関西のおっさんらしい飄々とした話しぶりをしていた。岸政彦も文章のセンチメンタリズムのわりには豪放な話し方の、声の大きい人、という印象を受けたのだが、それは人前で話す仕事でもあるからそうなるのだろう。平民金子は声は大きくない。会場にはおそらく三十人ほどしかおらず、森山未來がそんな小さな箱で話しているのはなんだか奇妙だった。

トークは一時間ほどで終わり、そのあともイベントは続くのだが、空腹でかつ再入場可能だったので、一旦出る。焼鳥が食べたいと思うが、酒を飲まないので焼鳥屋に入るのは躊躇われる。結局先週食べた豚丼の店に鶏の丼もあったことを思い出して、わざわざさんプラザまで歩いて行く。豚よりもおいしかったかも。

それから、同じさんプラザの「どん底」で一服。どん底という名の飲み屋が新宿にもあるが、関係があるのか知らない。こちらのどん底は、洋酒喫茶と謳ってはいるが酒を飲んでいる人を見たことはない。酒がメニューにあるかも覚えていない。アイスカフェオレは四百円で安い。

『美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか』の続きを読んでいると、『げいさい』を読み返したくなったので、図書館にないか探してみると三宮図書館にある。歩いて向かう。さんちかを抜けて国際会館から地上に出る。フラワーロードを海の方まで進むと、KIITO という戦前の生糸検査所をなんかクリエイティブな感じに改装した施設があり、そこに三宮図書館は入っている。かなり港に近いため汽笛が聞こえる。

煙草を散々吸った後なのでゆっくりと本を選べる。『げいさい』の前に棚を見て面白そうなものを手に取る。小谷野敦の『文章読本X』(中央公論新社)を冒頭だけ読んで借りることにし、中島弘象『フィリピンパブ嬢の社会学』(新潮新書)を三章まで読みこれも借りる。『げいさい』は手に取ったがまた今度と思う。

『フィリピンパブ嬢の社会学』の著者は、大学院で国際関係を専攻しており、その研究の一環でフィリピンパブに通い始めるのだが、途中でミカという嬢と付き合うことになる。やがてミカは、偽装結婚で日本のビザを得て、暴力団員の「マネージャー」(偽装結婚や勤め先などを手配する)にピンハネをされ、厳しいノルマを課せられているといった内情を明かす。

著者は、マネージャーから搾取されていると指摘し、自身が関わりのあるNGOに相談するように言うのだが、そこでミカは、搾取されていることはわかっているがマネージャーは信頼できるとしたあとで、著者に噛みつく。

「私のこと、弱い人間と思っているんでしょ? 私、強いよ。あなたが思っているのと違う。ばかにしないで。私のこと助けたいと思って付き合うんだったら付き合わなくていい。助けなんていらない」(七六頁)

これが三章の末にあり、この台詞にやられてしまって、この人物のことをもう少し知りたいと思い本を借りた。その続きはまだ読んでいない。

そのうちに夜になる。九時からは先のイベント会場でJ−POP中心のDJがあるとかで、それが気になり戻る。海岸通は暑くも寒くもない春の夜でありいくらでも歩けるような気がする。

会場のドアを開けると、できあがっていた。トークのときは一人で来ているお客さんもそれなりにいたのだが、彼らは帰ったのか、あるいはイベントを通じて仲良くなったのか、誰もが誰かと酒を飲みながら会話をしている。

DJは流線形の「タイムマシーン・ラヴ」からキリンジの「雨は毛布のように」へつなげており、どちらもSpotifyの「お気に入り」にありますけど、と興奮してしまうが、特段音楽を熱心に楽しむような雰囲気でもなく、立食のパーティーのようだったので、いたたまれなくなって十分ほどで出る。こんなとき、煙草が吸えれば間がもつのだが。

会場を出ると森山未來がちょうどどこかから戻ってくるところで、まだいたなら少し話してみたかったなとミーハーな思いにとらわれるが、軽率に「ファンです」などと話しかけてもそうしたことに辟易しているだろうし、俳優としては好きだけれども、舞踏家としてのパフォーマンスは見たことがないし、そんなにファンでもない、と考えて打ち消した。

こんなだから神戸に住んで半年、関西に住んでからは一年半経つのに、こちらで友人ができないのだろう。でも酒を飲まない成人の男性がゆかりのない土地でどのように友人を見つけるのかちょっと見当がつかない。そもそも東京でも大学をやめて以降友人が増えた記憶はあまりない。何かしたいような気持ちだったが、することもないので、おとなしく家に帰る。

元町駅に向かう途中で、ビルの看板に「阪神淡路大震災建築確認 第一号大型商業ビル」と記されていた。きっとこのビルの施主は、ずたずたの街にビルを建てることが誇らしくて看板に刻んだに違いない。神戸ではふとしたところに地震の名残がある。

家で『文章読本X』を読む。「美文」「名文」を書こうとせずに、衒いなく書きましょう、かといって紋切り型の表現は使わないように、くらいに受け取った。だがその結論は「はじめに」に書かれていて、その理由や具体的な技術が展開されていくものと思いきや、そうでもなくあちこちに話が飛ぶ。

そのとりとめない記述のなかにはトリビアとして面白い部分もあった(大江健三郎は一度書いたものをわざわざ難解に改めていたとか)。また、『細雪』を私は数え切れないほど読み返しているのだが、それについて、「『細雪』の美しさは、事実の美しさ」(一二九頁)としているのは良かった。

『細雪』に限らず谷崎といえば絢爛、耽美と思われがちである。しかし、『細雪』はほとんど谷崎の身の回りに起きた事実に取材している。「自分の周辺に起きた出来事に美しさを見出し、それを小説家の技術をもって書き連ねて行った」(同頁)のであり、それは谷崎自身の『文章読本』で「藝術的な文章と実用的な文章に区別はない」としていることにつながる。そこは谷崎の評伝まで書いた著者なりの論として、私には面白く読める。

ただ、全体としては「文章読本」と銘打つには散漫と感じた。同じ話が何度も出てくるのも気になる。大江の話も二回出てきた。私は小谷野敦に対してあまり批判的ではないが。

夜半、友人と最近のうまいものの写真を送り合っていたら空腹に耐えられず、レトルトカレーとパックのご飯を温めて食べた。

四月二六日(日)

午後二時頃起床。とりあえず東灘図書館へ。普段は自転車で行くのだが、雨が降るというので歩いて。

図書館は混雑していた。蔵書の検索端末が四台並んでいるのだが、すべてふさがっている。後ろで五分ほど待っていても誰も一向に退かないで、何か調べ続けている。最終的にはそのなかで一番幼い子供が一度順番を譲ってくれた。本を読めば人格が陶冶されるなどという幻想を抱いてはいないが、それでも本を読む前に考えることがあるのでは? と思ってしまう。変なところで狭量なので。

そのような混み合った図書館では落ち着けないので、本を返し、棚を特に吟味することもなく会田誠『性と芸術』(幻冬舎)だけを手にして出る。

この後どこに行くか逡巡した挙句、JRの住吉から六甲道へ。一昨日も行ったのだが。本当は、雨なら三宮や元町のようにアーケードが充実しているところに行けば濡れずに済むのだが、それは昨日行った。

六甲道の、数カ月前に一度行ったきりの喫茶店へ。料理が美味しくて安いという印象があったため。チキンカツカレーを昼食とも夕食ともつかないものとして頼む。記憶の通り料理はおいしかったし安いのだが、ラジオがそれなりの音量でかかっていて、そしてまたそれが非常にくだらないのでげんなりする。『性と芸術』を微妙に入り込めないまま読む。

露悪的な作風のなかでも問題視されることの多い「犬」という一連のシリーズについて、その着想や意図を解説したもの。それによると、その最初の作品は一九八九年、修士のときに描いたものらしい。敗戦によって骨抜きにされた、それでいてバブル景気に浮かれた経済大国に花開いた独特の文化(後にオタク文化やHENTAI文化として世界に知られることになる)を下敷きにした、時代と歩調を合わせた作品ということになる。

私は、西洋の文化や思想は、根本的には、モンスーン・アジアに生まれ育ち、印欧語族ではない言葉で考える我々にはわからない、という立場をとっている(では東洋思想ならわかるのかと問われたら、少なくとも私はわからないのだが)。現代美術はいくら普遍を謳っても西洋文明の下に生まれたものであり、だから「日本において現代美術をやる」とはどういうことか、関心がある。その意味で会田誠が意図するところを私はおおむね肯定的に捉えている。「犬」自体は正直言って目を背けたくなるのだけど。

一方で会田誠は幸運だったとも思う。日本が新しく生み出したものが世界に一定の文化的な影響を与えていたのはおそらく二〇〇〇年頃までで、そのあとはすべてその延長線でしかないと感じるので、彼は日本がある意味ではもっとも先進的だった時代に、その土着文化を武器に、現代美術の世界に殴り込みをかけることができたように見える。

本の後半はエッセイで、幻冬舎のPR誌などに連載していたものだが、これ以前に刊行されたエッセイの方が面白いと思う。ちょっと尻切れとんぼな感じ。

電車で帰るが、ホームを間違えて無駄な待ちぼうけを食らう。その間に雨がにわかに強まり、げんなりする。しかし最寄り駅に着く頃にはまた雨は止んでいて、なんとか傘を差さずに帰宅できた。頭が痛い。

ふと思い出したことだが、会田誠が妻の岡田裕子と写っている写真をなぜか名古屋の街角で見たことがある。それは素敵な写真で、当時交際していた人といいね、と言い合いながら見た。会田誠から家族団欒を連想する人も少ないと思うのだが。

夜半いつものようにセブン-イレブンへ。煙草とぶぶかの油そばを買う。雨に降られずに帰ってきたくせに、家にろくなものがなかったので雨に降られつつコンビニに。

四月二七日(月)

午前九時半起床。

幸いにしてそこまで眠くはないが、脳に一枚薄い膜がかかっているようなぼんやりした感じのまま仕事をする。そのために出勤の打刻を忘れ、実際の勤務開始時刻より遅くなり、フレックスだから何も問題はないが少し損をしたような気持ちになる。

夕方、遅めの昼ご飯。空腹のわりに食べられない感じだと思ったのでミニストップのクランキーチキンとフライドポテトを食べる。ホットスナックはミニストップが一番おいしい。歩いたら近くはないのでわざわざ自転車で行っている。

仕事が終わってから、暇つぶしに読んでいた記事でUniversal Paperclipsというゲームが紹介されていて、ついのめりこんでしまう。クッキー・クリッカーと同じジャンルの、クリックするとひたすらクリップが作られていくというゲームで、やがてクリックしなくてもどんどん増えていくような設備投資が可能になっていく。

ゲームをあまりしないのだが、何か琴線に触れるものがあると一週間くらいのめりこんでしまう。朝も夜もなくやり続ける。だいたいゲームに手を染めるのはちょっと余裕があるときなので、それができてしまう。そして突然飽きる(クリアしていないとしても)、ということを度々繰り返している。

そのため、早く飽きたい、と思いながらひたすらやっていた。幸い、そこまでボリューミーなゲームではなく、五時間半くらいでクリアとなったので、深夜になっていたがそこで止めることができた。

そのあとでセブン-イレブンの油そばをまた食べた。コンビニがなかったら一体何を食べるのだろうか。こんな生活とも呼べないような生活が成立するようになったのはせいぜいここ四十年くらいのことではないかと思う。

四月二八日(火)

午前十時半起床。

早朝に、これからどんな恵まれた人生を送ったとしても、八〇年代後半から九〇年代初頭に若者として生きて、友人と車で二四六沿いのロイヤルホストに乗りつけてコーヒーとかを飲みながら夜な夜な煙草を吸いながら無為な時間を過ごす、といったことは絶対にできない、なぜなら若くなることも時間を遡ることもできないから、という発見とともに目覚め、自明にもかかわらず大発見をしたようにツイートして、また眠った。

例によって近所の喫茶店でランチ。焼きそばを食べる。焼きそばは凡庸な食べ物という印象があったのだが、ここが特別なのか、それとも神戸や関西の文化なのかわからないが、おいしい。いつか隣の人が食べていてやけにおいしそうだったので頼んでみたらおいしかった。

喫茶店で『フィリピンパブ嬢の社会学』を読み終わる。面白い。社会学なのかはわからない(解説を読むと、社会学の手つきではないように書いたのだと思う)。ルポルタージュ、あるいはドキュメンタリーとして面白いという感じ。

著者が交際している女性の、故国にいる家族が、日本の感覚ではかなり金をたかるように見えるのだが、それについても彼ら自身がどのように考えてそうしているかの一端が示されていたのは良かった。でも、女性が日本でどのような目に遭っているかを考えると、それでは済まないだろうと思ってしまうけど。

午後またはかどらない仕事。今週は比較的余裕がある。私に課されている業務量からすれば、余裕があるうちに仕事をすればずっと余裕があるままなのかもしれないが、そんな風に働くことはできない。そしてまた、一般に仕事をこなせば仕事は増えていくものだろう。それをよしとしてたくさんの仕事をしておく方が長い目では自分のためなのかもしれないが、その幻想を信じることもできない。

金銭をもらわなくてもやるようなことでも、金銭がもらえるとそこまで熱心にやらないのは不思議だ。金銭をもらわないと、自分が満足できる結果を生み出すことでしか報酬が得られないのに対して、金銭をもらえるとそれが報酬になってしまうからだろうか。

明日は休みなので、退勤したら絶対に外に出るという気持ちで、三宮へ。先の本に『フィリピンパブ嬢の経済学』という続編があるのは図書館で借りたときから知っていて、ついでに借りておくべきだったのだが、読みたいので三宮図書館まで行く。全然本を読まない時期もあるのに、今は軽いものだけとはいえそういう時期らしい。ついでに先日見送った会田誠『げいさい』と、誰かがどこかで(たぶんインターネットで)よいと言っていたような覚えがあり、かつ装幀の写真に惹かれた呉明益『歩道橋の魔術師』(天野健太郎訳、白水社)をたまたま見つけて借りる。

図書館を出て東遊園地を通り抜ける。東遊園地は歴史のある公園だが、おそらく近年になってしゃらくさい感じにリフォームされている。ベンチではカップルがくっつき、芝生では若者がたむろしていた。しゃらくさいとはいえ、街に無料の居場所があるのは良いと思う。気持ちの良い夜なので、きっとそうしているのは楽しいだろう。

遅かったのでさんプラザ・センタープラザの店はほとんど閉まっていた。やっていた丸亀製麺でうどんを啜って「どん底」へ。ここは比較的遅くまでやっていてありがたい。

『げいさい』を読む。これは以前、会田誠と同じく藝大の学生だった友人から借りて読んだことがあるので、話の筋はうっすら覚えていた。それくらいで読むのが一番気楽でよい。エピソード記憶が弱いので小説を何度も読める。現実に起きたことも忘れる。刊行直後に読んだ当時は私も学生で、(作品の舞台となっている多摩美ではないが)藝大の芸祭(学園祭)にも学生時代には何度か行ったので、急に感傷的になってしまう。

今どうなっているかは知らないが、往時の芸祭はいまどき珍しく、自由な雰囲気が若干あった。ひっそりと客に煙草を吸わせている、飲み屋の屋台とか。それでも部外者は夜追い出されたので、小説に描かれる八〇年代ほどではない。コロナ禍を経て藝大のキャンパスは全面禁煙となった。ここ四半世紀で大学はずいぶんと世間に近づいた。アジールはいつの世にも必要なのに。

とはいえ私にもこんな夜があった。高校の同期を中心に芝居をやったり映画を撮ったりしていた。そのなかには藝大生も何人かいて、制作の過程でさらに藝大の人との関わりが増え、居酒屋で我々はどういったものを作るべきなのかとか現代美術はいまどういう状況なのかとかそれはそれとして大学出たらどうしようとか話した夜もあった。そんな夜からずいぶん遠くに来たような感じがする。

遠くに来たのだが、何かを諦めた、つまらなくなったと苦しんでいるわけでもない。そもそも私は特に芸術を志していなかった。いまはいまでそれなりに楽しい。でもそんな夜は楽しかったし、多分また同じことをしてみても、それと同じ形の楽しさではないのだろう。そのようなことを喫茶店で考えながら読んでいたら、飲み物がなくなったので出る。

阪急の高架下を通り抜けて、歓楽街のほうへ。休みの前夜なので街は浮かれている。背広の男性が、別の男性に抱きつくようにぶら下がっていた。浮かれた人たちを見るのは嫌いではない。山手幹線沿いの、朝までやっている喫茶店に行くか迷ったが、行かないでおく。帰りの電車で『げいさい』は読み終わった。

夜、人と話したい気分になって知り合いに電話をする。隘路に入り込んだような恋愛沙汰を聞いて元気になる。結婚したときに、もう(建前の上では)そのような煩悶と無縁になったことが嬉しかったのに、またそこへ戻ろうとしている。

居酒屋に若者たちは美しく喋るうつむく煙草に触れる(堂園昌彦)

四月二九日(水)

午前十時半起床。

寝床から離れることもなく『フィリピンパブ嬢の経済学』を読む。これも面白かったが、いよいよ経済学ではなかった。私はかつて編集者だったので、このようなタイトルをつけたくなる版元の考えは理解できてしまう。

よりドラマティックなのは前作。今作は今作で著者やその家族が経験するさまざまの問題が描かれるが、それは前作ほどではないように見える。また在日フィリピン人や日本とフィリピンのハーフとして生まれた子供たちの事例がいくつも紹介されるのだが、やはり著者自身の経験ではないためか、書きぶりは抑制されている。でも、ドラマティックではないことを喜ぶべきなのだろう。

読み終わったところで、少しは外に出るかと思い曇天の街へ。あまり遠出はしたくないため、岡本あたりまで自転車で行くことにする。『歩道橋の魔術師』のほかに、何の本を持っていくべきかと文庫の棚を見るがちょうど良い本が見当たらない。

二階堂奥歯『八本脚の蝶』(河出文庫)の存在に気づき、巻末にある著者の周囲の人たちの寄稿を少し読む。著者の元恋人が寄せた文章を読むうちに涙がにじむ。変なところで涙もろい。著者のようなとてつもない人と交際して、それを失ったあとの人生ってどんなものなんだろう、と思わずにはいられない。でもお名前を調べる限りでは、ご活躍のようで何より。本文となる日記は、昔はよく読んでいたのだが、もうここ数年読んでいない。それは著者の享年を超えてからではないかということに今更気づく。

道中、摂津本山のカレーうどん屋で昼食。それから阪急岡本駅前の喫茶店に。ここは、甲南か神戸薬科大の学生なのか、若い人がシャツと黒のスラックスかブラウスと黒のスカートというフォーマルな格好で働いていて、喫茶店に来たなという気持ちになれる。

『歩道橋の魔術師』を途中まで読む。連作短編集だった。マジックリアリズムというのか、私はその方面にはあまり馴染みがないのだが、形式も手伝って、それでもわりに面白く読める。これはいずれ買うことになるかもしれないと思う。河出から文庫が出ているようだが、装幀が写真ではなくなっているのが残念。

店を出ると、雨がぱらつきはじめる。雨だ、と立ちすくんでいたら忘れてきたカメラを店員さんが渡してくれる。カレーうどん屋でも携帯を置いてきた。おかしい。家を出るときから気持ちの良いまでの曇り空だったので、折りたたみ傘は持っているが、自転車が難儀。雨に濡れながら帰っても良いのだが、柔軟剤など細々したものを買ってから帰りたい。調べると一時間程度で止むようだったので、自転車で五分ほどの距離にあるホリーズで雨宿りをする。特に意味のない喫茶店のはしご。

『歩道橋の魔術師』の続きを読むうちに、なんだかこれはすごくいい小説じゃないかと思い始めた。一気に読んでしまうのではなく、短編を夜ごとに読んで味わうべきものではないか。

ぼくらは歩道橋の端に立って、列車が川の流れのようにカーブを切っていくのをずっと見ていた。この都市に入ってくる列車も、この都市から出ていく列車も、今、ぼくらが見ている線路を過ぎたら、その姿を消すのだ。(一一四頁)

スーパーで惣菜などを買う。頭の中に地図ができていないスーパーでの買い物は能率が悪い。帰路東灘図書館があり、つい立ち寄ってしまう。日ごと図書館に行くのは変だと思いつつ。今日も混んでいたが、わりと集中して棚を見ることができた。蓮實重彥『反=日本語論』(ちくま学芸文庫)の冒頭が、予想に反して面白かったので、読めるかは知らないがそれを借りてくる。

東灘図書館は住吉川に面している。いったいに東灘区は山の方がハイソで海に近づくほど庶民的な傾向があるのだが、住吉川沿いに関しては、比較的海側を走る阪神電車の魚崎駅に至るまで瀟洒な住宅が建ち並び、川も澄んでいるので気持ちが良い。『細雪』の舞台となった倚松庵もある。そういうわけで私は神戸に引っ越すときに、ざっくり「このあたり」に住むことを決めた。

帰宅した後はどうでもいいことで時間を潰す。この日記を公開するためのページを作る。空腹を感じれば惣菜を温めて、パックのご飯と一緒に食べる。『反=日本語論』のいくつかの章を読む。雑誌などあちこちに書いたものをまとめたもので、特に順を追って読む必要はないようである。蓮實重彦は一体いつからこの文体を確立しているのだろうか。少し文字を読みすぎていると感じる。

人類の歴史は文字の歴史をはるかに遡ることを考えると、先天的に文字を読むための何かが脳に用意されているわけではないだろう。何かを代用しているに過ぎないはずで、それがだんだんと加熱していくようなイメージが浮かぶ。たまには映画でも見た方が良いのかもしれない。

四月三〇日(木)

午前十時半起床。

昼、駅に行かねばならない用事があり雨のなか住吉まで。だんじりの季節が迫っているようで、通りのあちこちに幟や紙垂がたなびいている。東京でも「だんじり」に類するものは絶無ではなく、大國魂神社のくらやみ祭では山車だ しの巡行があるが、基本的にはだんじりは十日戎と並んで馴染みの薄い行事。

JR住吉駅は、ちょっとした駅ビルまであるわりには周辺には店が少ない。選択肢の少ないなかからうどんを食べる。毎日うどんを食べているのは奇妙なのだが、昼休みの限られた時間に、すぐ出てきそうで値の張らないものを選んだらうどんになってしまった。

仕事をそこまで集中してやったわけでもないが、気づいたら日が暮れていたし、退勤してからも特に何かをしたわけでもないのに時間があっという間に過ぎている。雨が止んでいるのを見計らってマクドナルドを持ち帰ってくる。どうでもいい味がする。

祖母に帰省の旨を電話すると、最近は「日本人らしくない」犯罪が多い、という話をされて少しげんなりする。だからと言って、刑法犯認知件数は減少傾向にあり、外国人の犯罪が増えているという証拠もない、などと言っても仕方ない。東京生まれの祖母はあまり旧弊にとらわれるタイプではなく、自身シングルマザーだったし、共産党に票を投じることもあるような人だったのだけど。

祖母の態度が変わったのではなくて、世の中の方が変わってしまったのかもしれない。祖母はインターネットができないし、最近は老眼で活字を読む機会も少ないようだから、情報源はほとんどテレビに限られているはずで、マスメディアさえもその見方を暗に示しているから、そのような考えになるのではないか。

多文化共生が素晴らしいとも移民を排除せよとも思わない。素晴らしいとか素晴らしくないとかではなく、既に日本には外国人がいるのだから、そして外国人に限らなくても社会にはもとよりいろんな人がいるのだから、いろんな人と「うまくやる」しかないと思っている。

洗濯をした方が良いが今日はする気になれない。明日は人と会う予定があるのでもう少し人間らしくなれるだろう。

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